髙田家住宅
( たかたけじゅうたく:takatake zyuutaku )
髙田家は、寛政年間以降、村庄屋を代々務め、また近世後期以降は地主としても成長した豪農である。近代には農業や地主経営に加え、酒造業、林業、大山原野の開拓と商品作物の栽培など様々な事業を営み、米子を代表する企業家となった。宅地中央には茅葺の主屋が位置し、その周囲に門長屋や土蔵などの付属屋が建ち並んでおり、近世~近代の豪農の屋敷構えを良好に留めている。
主屋は、棟札から寛政4年(1792年)建築と推定される九間取りの大型農家で、「煙出し」に代わる両妻の下の三角に空いた煙抜きなど、新しい技法、工法を取り入れた家構えである。
付属建物は、門長屋が江戸時代末の建築、その他の蔵などは明治後期から大正にかけて建築されたと推定される。いずれの建物も付属屋ながら大工仕事のみならず、石工、左官、屋根葺きに至るまで丁寧な仕事がされており、近世から近代に至る建築技術の推移をみることができる。また、養蚕場と薬用人参製造場は、農家の屋敷に残された生業(産業)を具体的に示す希少な建築で、近代の豪農の多角的な農業経営を伝える遺構として歴史的価値が高い。
文化財の種別 |
有形文化財
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区分 |
指定
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指定種別 |
県指定保護文化財
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分類 |
県指定の建造物
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所在地 |
米子市福万 |
指定年月日 |
昭和49(1974)年3月29日
令和2(2020)年5月22日追加指定 |
所有者等 |
個人 |
参考文献 |
鳥取県教育委員会編1974『鳥取県の民家』鳥取県文化財報告書第10集 |
参考リンク |
米子市の文化財紹介ページ
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問合せ先 |
米子市文化振興課文化財室 |
備考 |
員数 8棟
主屋、カド蔵、米蔵、道具蔵、味噌蔵及び風呂、門長屋(内部の一部を除く)、養蚕場、薬用人参製造場
附 家相図(明治16年)1枚 |