羽衣石城跡 附 十万寺城跡 番城城跡
( うえしじょうあと つけたり じゅうまんじじょうあと ばんじろじょうあと:uesizyoato tuketari jyuumannjijyouato bannjirojyouato )
羽衣石城は、戦国期伯耆国の国人領主で、主に東伯耆方面で活躍した南条氏が拠点とした山城跡である。羽衣石山の頂上に位置し、北に日本海、眼下には古代以来の流通の要衝であった東郷池と天神川下流域右岸に広がる羽合平野、北西に天神川下流域左岸に広がる北条平野、西に秀峰大山を望み、伯耆国東部一帯を見渡せる位置にあることから、東伯耆の拠点城郭として機能した。
山頂部の古城曲輪群を中心に、北から西にかけて二ノ上谷曲輪群・八幡平曲輪群・上中谷曲輪群の3つの曲輪群が尾根上に放射状に展開する城郭で、その南北に大規模な土塁や堀を伴った十万寺城や番城城の出城を築き、戦闘に応じた築城技術を展開している。発掘調査の成果から、石積や集石遺構が検出され、その周辺から16世紀後半のものと推定される土器・陶磁器片が出土している。
天正8年(1580)から本格化する毛利氏・織田(羽柴)氏の攻防戦における最前線の城であり、戦国期における山陰地方の政治状況の変化を知る上で重要である。
| 文化財の種別 |
記念物
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| 区分 |
指定
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| 指定種別 |
指定
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| 分類 |
史跡
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| 所在地 |
東伯郡湯梨浜町 |
| 指定年月日 |
令和8年2月17日 |
| 所有者等 |
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| 参考文献 |
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| 参考リンク |
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| 問合せ先 |
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