鳥取市国府町の宇倍神社経塚出土資料からの「金字経」の発見(全国で3例目)について
2011年07月01日提供 資料提供

提供課等:教育委員会(事務局)博物館
担当/係名:人文担当
電話番号:0857-26-8044

このたび、当館所蔵の宇倍神社(鳥取市国府町)周辺の経塚出土資料の調査を行う中で、「金字」で書写された経巻の存在が明らかとなりました。これは、県内初であるのはもちろん、全国的にも大峯山(奈良県)、高野山(和歌山県)といった名だたる霊地で見つかっているだけという、非常に貴重な例です。宇倍神社は延喜式(平安時代)で県内唯一の名神大社とされ、中世には「因幡一宮」となるなど広く崇敬を受けていたことが知られていますが、今回の発見は、当時の同神社が中央の貴族などからも崇敬を受けた霊地であったことを物語ります。
この金字経は、当館歴史・民俗展示室「歴史の窓」コーナーで、経筒や和鏡などの宇倍神社経塚出土資料とともに展示します。あわせて周辺の経塚出土資料を展示し、中世の宇倍神社とその周辺の様子を紹介します。
記
金字経について
(1)資料の概要
1.点数
紙本経3点
2.出土地
宇倍神社近辺(鳥取市国府町宮下)
金字経が入っていたと推定される経筒の箱書きに「因幡一之宮神境御経壇」との記載あり。
3.大きさ
最も残存状況が良いもの…残存幅13.8cm、直径3.8cm、経軸長17.5cm
字が判読できる断片…4.5cm×4.5cm
4.資料の状況
3点のうち1点には経軸が残る。いずれも半分以上を欠失しており、紙が固着して現状では開包できない。剥落した断片や腐食部分に金字が認められ、3点すべてが金字で書写されている。また、断片の判読できた文字から「法華経」であることが確認できた。経巻自体に残る痕跡から経筒内に納められていた状況も復元可能で、法華経全八巻が納められていたと推定できる。
なお、料紙は現状では焦茶色であるが、これが本来の色なのか、変色しているのか(金字経は紺紙が多い)はより詳細な調査が必要。
5.埋納時期
不明、おそらく平安時代(12世紀頃)
6.発見の経緯
・平成22年10月頃、経塚出土品の整理中に金字があることを担当学芸員が確認。
・平成23年6月、国立歴史民俗博物館村木二郎准教授による調査を実施。金字経であること、経筒も平安京周辺で見つかったものと同種であることなどを確認。
(2)今回の発見の意義
経塚に埋納される紙本経は土中で腐敗してしまい残らないことが多く、仮に残ったとしても、多くの場合素紙に墨書あるいは朱書であり、色紙金字経は極めて稀である。記録上、平安時代に金字経を書写したのは天皇や皇族、摂関家や上級貴族など、中央の高位の人々に限られていた。また、金字経の埋納が行われたのも大峯山(金峯山)、高野山、比叡山、熊野三山など、名だたる霊場だけであり、実際に金字経が見つかっているのも大峯山、高野山の2例だけである。当時の埋経の実態を知る上で貴重な知見である。
本資料には願文がなく奥書も不明で、経筒にも銘文が無いため、いつ誰が埋納したのかは全く不明であるが、上記の状況から中央の貴族などによる埋納と推定できる。なお、この金字経を入れていた経筒も平安京周辺で見つかったものと同種で、この想定を傍証する。この金字経は、当時の宇倍神社の格式の高さを物語るとともに、平安時代の因幡の様子を知ることができる大変貴重な資料である。
記者公開
1.日時
平成23年7月8日(金)
午後2時〜午後3時
2.場所
鳥取県立博物館2階 会議室
3.内容
展示前の公開、担当学芸員による解説
発見した資料の歴史の窓での展示について
(1)展示テーマ
「霊地にこめられた願い 〜宇倍神社経塚出土資料の調査から〜」
(2)主な展示資料
・宇倍神社経塚(鳥取市国府町宮下)出土資料
経筒8点、紙本経(金字)3点、和鏡2点 など
・近隣の経塚出土資料
西浦山経塚(鳥取市国府町美歎)、滝山経塚(鳥取市滝山)箭渓経塚(鳥取市福部町)
(3)展示期間
平成23年7月12日(火)〜9月11日(日)
〔休館日:8月29日(月)、開館延長:7・8月の土日・祝日は午後7時まで〕
(4)会 場
県立博物館1階 歴史・民俗展示室「歴史の窓」コーナー
※一般の方は入館料が必要です。
