| 所在地 | 鳥取市青谷町青谷 |
|---|---|
| 主な時代 | 縄文時代終わり頃から平安時代(3000~1000年前) |
| 概 要 |
鳥取市青谷町の東側の山裾にある遺跡です。 縄文時代には内海の海岸付近だったようで、そこで使われた長さ6m以上の丸木舟が見つかっています。弥生時代には内海が小さくなり、山裾には川が流れていました。川岸には杭や板などを使った護岸がされていて、山裾に当時の集落があったと考えられます。 飛鳥時代になると、都と地方を結ぶ幹線道路「古代山陰道」がつくられました。見つかった道路は当時の最先端技術が使われていて、柳(やなぎ)の街路樹が植えられたことも分かりました。また、平安時代になると道路の西側に1町(約109m)四方の水田区画(条里(じょうり)区画)が整備されました。 調査では「祓え(はらえ)」と呼ばれるまじないに使われた人や馬などをかたどった木の板や、木に文字が書かれた木簡も数多く見つかっています。これらの出土品などから、近くに周辺を治めるための役所の出先機関があったと考えられます。 |
| 報告書 | 『青谷横木遺跡』鳥取県埋蔵文化財センター2018 |
| 備 考 | 『鳥取県埋蔵文化財センターのあゆみ』に調査担当者の余話あり |
縄文時代終わり頃の丸木舟
道の端を礫で直した古代山陰道
出土したまじないに使う木の道具