| 所在地 | 鳥取市大桷 |
|---|---|
| 主な時代 | 縄文時代終わり頃から平安時代(約3000~1000年前) |
| 概 要 |
千代川の西側にある支流の野坂川沿いの平地に広がる遺跡で、遺跡の西にある丘の上には鳥取県東部で最大級の前方後円墳(ぜんぽうこうえんふん)の桷間1号墳(かくまいちごうふん)があります。 人々がくらすようになるのは縄文時代終わり頃からで、弥生時代初め頃になると水田や用水路と思われるものが造られ、古墳時代にかけて集落が営まれます。 平安時代初め頃になると、高庭荘(たかばのしょう:東大寺が遺跡周辺に開いた荘園[しょうえん])を管理する施設と思われる建物群が造られました。 建物群の近くにある溝からは、形代(かたしろ:人や馬をかたどった木の板)などがたくさん出土して、周辺で災いなどを水に流す「祓え(はらえ)」と呼ばれる儀式が行われたことがわかります。 |
| 報告書 |
『大桷遺跡I』鳥取市教育委員会1978 『鳥取市文化財報告書13』鳥取市教育委員会1983 『平成9年度鳥取市内遺跡発掘調査概要報告書』鳥取市教育委員会1998 『平成21年度鳥取市内遺跡発掘調査概要報告書』鳥取市教育委員会2010 『大桷遺跡』財団法人鳥取市文化財団2012 『大桷遺跡I』鳥取県教育委員会2017 『大桷遺跡II』鳥取県教育委員会2018 『大桷遺跡III』鳥取県教育委員会2018 『大桷遺跡IV』鳥取県教育委員会2018 |
| 備 考 |
縄文時代終わり頃の土器(右)と弥生時代初め頃の土器(左)
平安時代初め頃の建物群
墨で顔などが描かれた人をかたどったまじないの道具