鹿野城跡 しかのじょうあと

所在地 鳥取市鹿野町鹿野
主な時代 戦国時代
概 要

現在の鹿野の町の南側にそびえる妙見(みょうけん)山(標高152m)の山頂に天守を置くお城です。

江戸時代に書かれた『因幡志(いなばし)』によると、お城は南北朝時代から鹿野付近を治めていたといわれる志加野(しかの)氏が築いたものと伝わっています。鳥取県東部の因幡国(いなばのくに)と鳥取県中西部の伯耆国(ほうきのくに)の国境地帯にあることから、戦国時代になると毛利(もうり)方と織田(おだ)方で激しい奪い合いが繰り広げられました。織田方の羽柴秀吉(はしばひでよし)の鳥取城攻め後、後に初代鹿野藩主となる亀井茲矩(かめいこれのり)が城を整備し、石垣や堀を持つ現在の姿になったと考えられます。

発掘調査では、山腹の曲輪(くるわ)で礎石(そせき)の上に柱を立てる礎石建ちの大きな建物の跡や屋根瓦が見つかっています。

報告書 『鹿野城跡調査概報』鹿野町教育委員会1982
『鹿野城跡二之丸遺跡発掘調査報告書』鹿野町文化財調査報告書第9集1989
『鹿野城跡発掘調査報告書』野町文化財調査報告書第15集1995
『鳥取県中世城館分布調査報告書』第1集(因幡編)鳥取県教育委員会2002
西尾孝昌「鳥取市域の城郭―陣城・景石城・鹿野城など―」『鳥取城調査研究年報』第6号 鳥取市教育委員会2013
『新鳥取県史考古3 飛鳥・奈良時代以降』鳥取県2018
備 考

空から見た鹿野城跡(『鳥取市歴史文化基本構想』鳥取市教育委員会 2022、鳥取市教育委員会提供)

『因伯古城跡図志』(江戸時代の作)に描かれた鹿野城跡(鳥取県立博物館所蔵)

発掘された鹿野城跡の石垣(『鹿野城跡発掘調査報告書』鹿野町教育委員会1995から転載)

鹿野城跡の縄張図(西尾孝昌「鳥取市域の城郭―陣城・景石城・鹿野城など―」
『鳥取城調査研究年報』第6号 鳥取市教育委員会2013から転載)

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