慶安3年(1650)、鳥取藩主池田光仲による鳥取東照宮創建に合わせて奉納された扁額2面である。奉納者は鳥取藩で次席家老を務めた倉吉荒尾家初代、荒尾嵩就(1592〜1669)で、作者は江戸を拠点に幕府御用絵師を統率した狩野探幽(1602〜1674)である。
本作は2面とも板に紙貼り付け仕立てとし、地に金箔を捺して、左手から張り出した樹枝上に止まる白鷹をそれぞれ下向き、横向きの狩野派の定型図像で描き表す。樹種は、右面は松、左面は紅葉した広葉樹(裏面に「サルス」の墨書があり、百日紅とみなされたか)として、対とするにあたって若干の季節感をつけている。
本紙の周囲には紺地の金襴で筋を回し、さらに外側の縁に金泥と極彩色によって葵文と唐花、唐草文を描表装で表す。また、額の外周には黒漆塗の縁木を回し、縁木には葵文と唐草文を施した金具類を打つが、これらの表装・額装が当初のものかは必ずしも明瞭ではない。
東照宮の創建にあたり、藩主光仲はやはり探幽に「三十六歌仙図額」(県保護文化財)を制作させ、京都で青蓮院尊純法親王(1591〜1653)による色紙形の染筆を得た上で、鳥取東照宮に奉納している。
嵩就による鷹図額の奉納は、これに追従したものであり、大雲院(鳥取市)所蔵の『東照宮遷宮之記』には「御寶前鷹絵 探幽守信筆二枚 荒尾志摩」、「拝殿歌仙 歌者 尊純法親王 畫者 法眼守信筆」とある。
歌仙図が和歌を通じて神仏を慰撫する文芸的な画題であるのに対し、鷹図はより勇ましく、尚武の気風をうたう。両者は主題において対照をなしており、藩主と家老というそれぞれの依頼主の主従関係と合わせて、東照宮造営における藩主と家臣団の協働性を端的に示している。鷹図は、藩主が奉納した歌仙図に比べて出来はやや荒く、保存状態にも難があるが、主題、奉納者、作者、作域といった様々な点で補完的な位置を占めており、両者は不離の関係にあると言える。
鳥取東照宮の社殿とその奉納品は、藩政初期における最高水準の建築と美術工芸品を鳥取城下で一体的に今に伝える無二の存在であり、本作は歌仙図と共にその不可欠な構成要素であると評価される。
| 文化財の種別 |
有形文化財
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| 区分 |
指定
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| 指定種別 |
県指定保護文化財
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| 分類 |
県指定の絵画
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| 所在地 |
鳥取市鳥取県立博物館(寄託) |
| 指定年月日 |
令和7年11月28日 |
| 所有者等 |
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| 参考文献 |
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| 参考リンク |
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| 問合せ先 |
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| 備考 |
【法量】
(本紙)各 縦70.2cm 横41.7cm
(描表装込み)各 縦79.7cm 横50.7cm
(縁込み)各 縦84.8cm 横55.9cm
【墨書】
(左面)奉掛鷹繪
慶安三載九月十七日
荒尾志摩守有原山就朝臣
(右面)奉掛鷹繪
慶安三載九月十七日
荒尾志摩守有原山就(朝臣) |