| 所在地 | 東伯郡琴浦町光 |
|---|---|
| 主な時代 | 縄文時代終わり頃から鎌倉時代(4000~800年前) |
| 概 要 |
琴浦町西側の勝田川(かつたがわ)の扇状地(せんじょうち)上にある集落遺跡です。 縄文時代終わり頃には竪穴建物(たてあなたてもの)が造られ、周辺から東海地方を中心に見られる土偶(どぐう:土でつくられたまじないなどに使われた人形)の足が見つかったことから、東海地方周辺との交流がうかがえます。 弥生時代中頃になると、緑色凝灰岩(りょくしょくぎょうかいがん)などを材料に玉作りが行われていて、県内の弥生時代の玉作りでは湯梨浜町の長瀬高浜遺跡(ながせたかはまいせき)に次いで古い段階の資料です。 鎌倉時代になると、この辺りを治めた在地領主の館と考えられる建物群が見つかり、その周りを深い壕で囲まれていたことが分かりました。 |
| 報告書 |
『南原千軒遺跡』財団法人鳥取県教育文化財団2005 『南原千軒遺跡2』鳥取県埋蔵文化財センター2007 『南原千軒遺跡III 梅田東前谷中峯遺跡 梅田六ツ塚遺跡』鳥取県埋蔵文化財センター2008 |
| 備 考 |
土偶の脚の破片
鎌倉時代の建物跡