| 所在地 | 八頭町下坂、山田、花原 |
|---|---|
| 主な時代 | 飛鳥時代から平安時代(約1350~1000年前) |
| 概 要 |
千代川の支流で、八頭町の北側を流れる私都川(きさいちがわ)を少しさかのぼった南側の山の斜面にある、高温で焼き締めた灰色の土器である須恵器(すえき)を焼いた窯(かま)跡群で、長さ約3km、幅約1kmの範囲に50基ほどの窯跡が見つかっています。鳥取県東部では最も多く窯跡が確認されており、鳥取平野の東側の各地に須恵器を供給した一大生産地でした。 窯は山の斜面に造られていて、周辺には作業を行うための平らな面や焼き損じた土器を捨てたところ(灰原:はいばら)などが見つかっています。 これらの窯では坏(つき:お椀のようなうつわ)や皿といった食器の他、水などを貯めるための甕(かめ)や壺(つぼ)、屋根に使う瓦なども出土しています。 |
| 報告書 |
『山田窯跡群』郡家町教育委員会1987 『下坂窯跡群』郡家町教育委員会1988 『花原窯跡群I』郡家町教育委員会1989 『花原窯跡群発掘調査報告書』郡家町教育委員会1992 |
| 備 考 |
窯跡が重なっているようす(下坂窯跡群)(八頭町教育委員会提供)
窯内から土器が見つかったようす(山田窯跡群)(八頭町教育委員会提供)