大寺廃寺跡 おおでらはいじあと

所在地 西伯郡伯耆町大殿
主な時代 飛鳥時代(1370年前)
概 要 日野川左岸の河岸段丘(かがんだんきゅう)上に位置する遺跡です。
大正7(1918)年に郷土史家により石製の鴟尾(しび:屋根の頂上の両端に付ける飾り)が発見され、昭和8(1966)年には民家の床下から塔心礎(とうしんそ:長軸2.4m)が発見されたことから、寺院跡の存在が知られるようになりました。
発掘調査では金堂(こんどう)、塔(とう)、講堂(こうどう)、回廊(かいろう)などが見つかっています。東を正面とし、塔と金堂を南北に配置する法起寺式(ほっきじしき)と呼ばれる伽藍配置(がらんはいち)をとり、中心伽藍の規模は南北60.56m、東西47.26mと推定されています。
遺物は石製鴟尾、瓦、塑像(そぞう)などが出土しています。石製の鴟尾は全国に2例しかない貴重なもので、国の重要文化財に指定されています。
報告書 『大寺廃寺発掘調査報告書』鳥取県教育委員会1967
『大寺廃寺第四次発掘調査報告書』岸本町教育委員会1977
『大寺廃寺発掘調査報告書(第5次)』岸本町教育委員会1986
『大寺廃寺発掘調査報告書(第6次)』岸本町教育委員会1994ほか
備 考  

石で作った鴟尾(しび)

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