太閤ヶ平 たいこうがなる

所在地 鳥取市東町・円護寺ほか
主な時代 戦国時代
概 要

鳥取城跡から東に約1.5㎞の山頂にある羽柴秀吉(はしばひでよし)が築いた陣城(じんじろ、戦いのために臨時的に築かれた城)の跡です。

秀吉は、天正9(1581)年に鳥取城を攻める際、鳥取城を味方の陣営で囲むため、周辺の平野や山々等に70か所以上の陣城を築かせました。

その中でも太閤ヶ平は秀吉が指揮を執る本陣として築かれ、高さ5mの土塁(どるい)と空堀(からぼり)で囲まれた巨大な区画や、山の斜面に総延長700~800mに及ぶ畝状竪堀(うねじょうたてぼり)など強固な防御施設(ぼうぎょしせつ)を備えていました。太閤ヶ平からは、鳥取城をはじめとした毛利方の城を見渡すことができます。

陣城としては異例の巨大さと守りの固さから、太閤ヶ平は秀吉の主君である織田信長(おだのぶなが)が出陣することを想定して築かれたと考えられています。

鳥取城跡とともに国の史跡に指定されています。

報告書 『鳥取県中世城館分布調査報告書』第1集(因幡編)鳥取県教育委員会2002
『新鳥取県史考古3 飛鳥・奈良時代以降』鳥取県2018
備 考

土塁のそばに掘られた空堀

土塁の上からみた本陣の正面出入口(大手虎口(おおてこぐち))

太閤ヶ平からみた毛利方の城跡(左から鳥取城跡・雁金山(かりがねやま)城跡・丸山城跡)と日本海

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