荒神山城跡 こうじんやまじょうあと

所在地 鳥取市鹿野町河内
主な時代 戦国時代
概 要

鳥取県東部の因幡国(いなばのくに)から鳥取県中西部の伯耆国(ほうきのくに)への峠道(滑石峠、佐谷峠)を押さえた国境のお城で、標高約450mの急峻(きゅうしゅん)な山の上に築かれた長大な主郭(長さ170m× 幅25m)が特徴です。天正8・9(1580・1581)年頃には織田(おだ)方から毛利(もうり)方に転じた鹿野(しかの)氏が立てこもり、織田方の鹿野城にいた亀井(かめい)氏と羽衣石城(うえしじょう)にいた南条(なんじょう)氏を分断する役目を果たしました。

地元には荒神山城跡のふもとで出土した戦国時代の備前焼徳利(びぜんやきとっくり)や天正の初め頃の城番(じょうばん)だった矢田(やだ)氏に縁のある品々が伝えられています。

報告書 『日本城郭体系 14 鳥取・島根・山口』人物往来社1980
『鳥取県中世城館分布調査報告書 第1集(因幡編)』鳥取県教育委員会2002
備 考

荒神山城跡遠景(矢印の所)

荒神山城跡のふもとで出土した備前焼の徳利(鳥取市鹿野町雲龍寺蔵)

荒神山城の縄張図(『鳥取県中世城館分布調査報告書 第1集(因幡編)』鳥取県教育委員会2002から転載)

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