桐山城跡 きりやまじょうあと

所在地 岩美郡岩美町浦富
主な時代 戦国時代~安土桃山時代
概 要

岩美町田後港の南の日本海を望む標高203mの紀伊ヶ山(きいがやま)に築城されています。

江戸時代に書かれた『因幡志(いなばし)』という書物によると、塩冶高貞(えんやたかさだ)が築城、永禄~元亀(1558~1573)年の頃に島根県東部の出雲国(いずものくに)の月山富田城(がっさんとだじょう)が落城後、逃げた尼子(あまご)勢が立てこもったと伝えられています。

天正9(1581)年に、羽柴秀吉(はしばひでよし)が鳥取城を攻略した後に、配下の垣屋播磨守光成(かきやはりまのかみみつなり)がお城に入りましたが、慶長5(1600)年、関ヶ原の戦い後に垣屋氏は滅び、桐山城は廃城(はいじょう)となりました。

報告書 『鳥取県中世城館分布調査報告書 第1集(因幡編)』鳥取県教育委員会2002
『鳥取県史 考古3 奈良・飛鳥時代以降』鳥取県2018
備 考

江戸時代に描かれた桐山城跡(『因伯古城跡図志』、鳥取県立博物館所蔵)

桐山城跡の縄張図(『鳥取県中世城館分布調査報告書』鳥取県教育委員会2002から転載)

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