若桜鬼ヶ城跡 わかさおにがじょうあと

所在地 八頭郡若桜町若桜ほか
主な時代 南北朝時代~江戸時代
概 要

若桜の町を見下ろす標高452mの鶴尾山(つるのおやま)の上に造られたお城です。地元領主の矢部(やべ)氏が14世紀頃に築いたと考えられていますが、確実なことはわかっていません。関西方面に通じる大事な街道(かいどう)沿いにあるため、戦国時代にはたびたび戦場となりました。天正3(1575)年に羽柴秀吉(はしばひでよし)配下の木下氏が城主となり、天守台(てんしゅだい、一番大きな物見やぐらを建てるための土台)をもつ本丸(ほんまる)などの曲輪(くるわ)が大規模に整備されました。曲輪の周りには高い石垣が築かれています。

慶長5(1600)年の関ケ原の戦いの後には山崎家盛(やまざきいえもり)が入城し、若桜藩3万石の城主となりましたが、元和3(1617)年に若桜藩は鳥取藩に吸収され、城は江戸幕府の命令で壊されました。
国の史跡に指定されています。

報告書 『鳥取県中世城館分布調査報告書 第1集(因幡編)』鳥取県教育委員会2002年
『新鳥取県史(資料編)考古3 飛鳥・奈良時代以降』鳥取県2018年
備 考

石垣がめぐる曲輪

江戸幕府の命令で壊された石垣
(福田孝二氏撮影<因幡の山城50選応募作品>)

若桜鬼ヶ城跡から見た関西方面に通じる街道
(左側の谷は兵庫県北部方面、右側の谷は兵庫県南部方面に向かうことができます。
斎尾江利奈氏撮影<因伯山城写真コンクール応募作品>)

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