打吹城跡 うつぶきじょうあと

所在地 倉吉市仲ノ町ほか
主な時代 室町時代~江戸時代
概 要

倉吉市の中心部にそびえる打吹山(標高204メートル)に築かれた大規模な城跡です。鳥取県中西部の伯耆国(ほうきのくに)の守護大名(しゅごだいみょう)山名(やまな)氏の居城として14世紀に造られました。16世紀後半には中国地方で領土争いを繰り広げていた尼子(あまご)氏や毛利(もうり)氏の支配下におかれ、豊臣秀吉の天下統一後には南条(なんじょう)氏が城主となりました。

慶長5(1600)年の関ケ原の戦いの後には伯耆国の領主となった中村氏の領地となり、打吹城には城番(じょうばん)が置かれて倉吉の政治の中心地になりましたが、元和元(1615)年に江戸幕府の命令で取り壊されました。

山頂には天守台(てんしゅだい:その城の中で一番大きな物見やぐらを建てるための土台)をもつ本丸(ほんまる)を始めとした曲輪(くるわ)が残っているほか、山頂から延びる尾根筋にも曲輪などの遺構が多く見られます。

報告書 『新編倉吉市史 第2巻中・近世編』倉吉市1995
『鳥取県中世城館分布調査報告書 第2集(伯耆編)』鳥取県教育委員会2004
『新鳥取県史 考古3飛鳥・奈良時代以降』鳥取県2018
備 考

打吹城跡のある打吹山(倉吉市営陸上競技場から)

天守台のある本丸(『新修倉吉市史 第2巻 中・近世編』倉吉市1995、倉吉博物館提供)

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