馬ノ山砦跡 うまのやまとりであと

所在地 湯梨浜町上橋津
主な時代 安土桃山時代
概 要

東郷(とうごう)池の北側に広がる「馬ノ山(うまのやま)」と呼ばれる丘陵上に複数の土塁や堀切の跡が残されています。馬ノ山は海上交通の要地(ようち)である橋津川(はしづがわ)河口の港を見下ろす重要な場所であり、天正9(1581)年に羽柴秀吉(はしばひでよし)の鳥取城攻めが始まると、鳥取城救援のため出陣した毛利(もうり)方の吉川元春(きっかわもとはる)は馬ノ山に砦(とりで)を築いて食料や武器などの補給路を確保するとともに、秀吉方の南条元続(なんじょうもとつぐ)の居城である羽衣石(うえし)城を攻める拠点としました。

鳥取城を攻め落とした秀吉は南条氏救援のため羽衣石(うえし)城付近に進軍し、馬ノ山砦の元春と対峙(たいじ)しますが、戦うことなく引き揚げました。

報告書 『鳥取県中世城館分布調査報告書 第2集(伯耆編)』鳥取県教育委員会2004年
『湯梨浜町歴史文化財ガイドブック(第3版)』湯梨浜町教育委員会2024年
備 考

馬ノ山砦跡遠景(『湯梨浜町歴史文化財ガイドブック(第3版)』湯梨浜町教育委員会2024、湯梨浜町教育委員会提供)

現在も残る土塁

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