河口城跡 かわぐちじょうあと

所在地 東伯郡湯梨浜町泊・園
主な時代 戦国時代~安土桃山時代
概 要

泊城、又は戸摩利城(とまりじょう)とも呼ばれ、泊漁港やJR山陰本線、国道9号線を眼下に見下ろす標高68mの山の上にあります。山頂から北側の斜面にかけて、土塁(どるい)が築かれた複数の曲輪(くるわ)が設けられ、これらの背後を大規模な空堀(からぼり)が囲む堅固(けんご)な縄張(なわばり)です。天正9(1581)年に羽柴秀吉(はしばひでよし)が鳥取城を包囲した際、羽柴方の水軍が「泊城」を攻め、泊の港に停泊していた軍船65艘(そう)を破壊したことが織田信長(おだのぶなが)への書状(しょじょう)に記されています。鳥取城へ海路からの物資補給拠点となる重要な城であったことがわかります。
湯地浜町の史跡に指定されています。

報告書 『鳥取県中世城館分布調査報告書 第2集(伯耆編)』鳥取県教育委員会2004年
『新鳥取県史考古3 飛鳥・奈良時代以降』鳥取県2018年
備 考

河口城遠景(『湯梨浜町歴史文化財ガイドブック(第3版)』湯梨浜町教育委員会2024、湯梨浜町教育委員会提供)

江戸時代に描かれた河口城跡(『因伯古城跡図誌』、鳥取県立博物館所蔵)

前のページに戻る