十万寺城跡 じゅうまんじじょうあと

所在地 東伯郡湯梨浜町羽衣石
主な時代 戦国時代~安土桃山時代
概 要

東郷池から南へ約2.5km離れた標高423mの十万寺山にあったお城です。北東約850m先には羽衣石城跡があります。

お城全体の規模は南北約270m、東西約350mで、大きく3つの曲輪(くるわ)に分けられます。一部の曲輪で大規模な土塁(どるい)や堀切(ほりきり)といった防御施設(ぼうぎょしせつ)が良好な状態で確認できますが、それ以外は基本的に自然地形に少し手を加えただけのものです。

城跡の位置や構造から考えると、羽衣石城(うえしじょう)に食料や弾薬などを届けるために臨時的につくられた保管場所であったと考えられています。

この地域では他に見られないほどの大規模な土塁や堀を巡らせていることや城跡の周辺が「太閤ヶ平(たいこうがなる)」と呼ばれていたことから、羽柴秀吉(はしばひでよし)が羽衣石城(うえしじょう)にいた南条(なんじょう)氏を助けるために造らせた陣城(じんじろ)とする説があります。
羽衣石城跡(うえしじょうあと)などともに国の史跡に指定されています。

報告書 鳥取県教育委員会編2004『鳥取県中世城館分布調査報告書 第2集(伯耆編)』
湯梨浜町教育委員会編2025『羽衣石城跡及び付城跡群総合調査報告書』
備 考

空から見た十万寺城跡と羽衣石城跡(『羽衣石城跡及び付城跡群総合調査報告書』湯梨浜町教育委員会2025、湯梨浜町教育委員会提供)

十万寺城跡から見た羽衣石城跡(写真右)と東郷池

十万寺城跡の土塁

十万寺城跡縄張図(『羽衣石城跡及び付城跡群総合調査報告書』湯梨浜町教育委員会2025から転載)

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