| 所在地 | 米子市久米町 |
|---|---|
| 主な時代 | 室町時代~江戸時代 |
| 概 要 |
米子城は、室町時代(15世紀)に山名宗之(やまなむねゆき)によって砦(とりで)が築かれたのが始まりです。本格的な築城は、安土桃山時代(16世紀の終わり頃)に領主であった吉川広家(きっかわひろいえ)と17世紀の初め頃に米子藩主(はんしゅ)となった中村一忠(なかむらかずただ)によって行われ、江戸時代になる直前に完成しました。その後池田家が鳥取県東部の因幡国(いなばのくに)・鳥取県中西部の伯耆国(ほうきのくに)を治めるようになると、家老であった荒尾(あらお)氏が明治時代になるまで城主を務めました。
中海に張り出した標高90mの湊山(みなとやま)の頂上には、五重の天守(てんしゅ)と四重の副天守が築かれた本丸(ほんまる)があり、その北側に内膳丸(ないぜんまる)、東に采女丸(うねめまる)という出丸(でまる)が築かれ、湊山のふもとには城主の館や作業場、米蔵、馬小屋などが建つ二の丸、三の丸があります。本丸からの眺めがよく、二重の堀と中海で囲まれ、中海側には水軍用の施設が築かれて、守りの固い城であったようです。 |
| 報告書 |
『日本城郭大系 第14巻 鳥取・島根・山口』新人物往来社1980 『新修米子市史 第12巻 資料編 絵図・地図』米子市1997 『新修米子市史 第1巻 通史編 原始・古代・中世』米子市2003 『鳥取県中世城館分布調査報告書第2集(伯耆編)』鳥取県教育委員会2004 『史跡米子城跡保存活用計画書』米子市教育委員会2017 『国指定史跡米子城跡調査報告書1:国指定史跡米子城跡-八幡台、水手御門下郭の確認調査-』米子市教育委員会2018 『国指定史跡米子城跡調査報告書2:国指定史跡米子城跡2-雪害対策事業-』米子市教育委員会2018 『国指定史跡米子城跡調査報告書3:国指定史跡米子城跡3-登り石垣、竪堀、登城路の確認調査-』米子市教育委員会2020 『国指定史跡米子城跡調査報告書4:国指定史跡米子城跡4-史跡保存活用整備事業1(園路)-』米子市教育委員会2020 『国指定史跡米子城跡調査報告書5:国指定史跡米子城跡5-三の丸(旧湊山球場)の遺構確認調査-』米子市教育委員会2022 『国指定史跡米子城跡調査報告書6:国指定史跡米子城跡5-内堀、三の丸の確認調査-』米子市教育委員会2025 |
| 備 考 |
空から見た米子城跡本丸(『国指定史跡米子城跡調査報告書3 国指定史跡 米子城跡3』米子市教育委員会2020、米子市教育委員会提供)
米子城跡三の丸の発掘調査のようす(『国指定史跡米子城跡調査報告書6 国指定史跡 米子城跡5』米子市教育委員会2025、米子市教育委員会提供)
天明2(1782)年に描かれた「伯耆国米子城絵図」(鳥取県立博物館所蔵)