亀井山城跡 かめいやまじょうあと

所在地 日野郡日南町生山
主な時代 戦国時代~安土桃山時代
概 要

亀井山城は生山(しょうやま)城とも呼ばれるお城で、標高470mの亀井山の頂上と尾根に築かれています。この城は山陰と山陽を結ぶ日野往来(ひのおうらい)のすぐ近くに位置し、軍事的に重要な拠点であったと考えられます。山の頂上にある曲輪(くるわ)が主郭(しゅかく)と考えられ、それを取り囲むように石垣の痕跡(こんせき)が残る曲輪が配置されています。

この城がいつ造られたのかは不明ですが、天正年間(1573~91年)には毛利(もうり)方の吉川広家(きっかわひろいえ)が、後には山名和泉守景行(やまないずみのかみかげゆき)が在城したと伝えられています。

報告書 『鳥取県中世城館分布調査報告書 第2集(伯耆編)』鳥取県教育委員会2004
『新鳥取県史 考古3-飛鳥・奈良時代以降-』鳥取県2018
備 考

亀井山城跡がある山

江戸時代に描かれた亀井山城(『因伯古城跡図志』、鳥取県立博物館所蔵)

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