| 所在地 | 日野郡江府町江尾 |
|---|---|
| 主な時代 | 戦国時代~安土桃山時代 |
| 概 要 |
日野川東岸の台地の先端に築かれたお城です。「本丸(ほんまる)」と呼ばれている主郭(しゅかく)は、東西約72m、南北約68mの大きさがあり、西側を深さ3m、東側を深さ14mの堀切(ほりきり)で台地や他の曲輪(くるわ)と隔てられています。発掘調査によって、主郭の一部などで石垣や石段が見つかりました。 このお城は、尼子(あまご)氏と関係がある地元有力者の蜂塚(はちつか)氏によって15世紀後半~16世紀前半頃に築城され、その後、毛利氏方の杉原盛重(すぎはらもりしげ)などによって、永禄8(1565)年に攻められて落城したと伝えられていますが、発掘調査による出土品はこの時より後の16世紀終わり頃から17世紀初め頃ものが大半を占めることから、落城後もお城として存続していた可能性があります。 発掘調査では、一部に金箔(きんぱく)を貼った鯱瓦(しゃちほこかわら)が見つかりました。鯱がある瓦葺きの建物があったと考えられます。 |
| 報告書 |
『江美城址調査概要』江府町教育委員会1982 『鳥取県中世城館分布調査報告書 第2集(伯耆編)』鳥取県教育委員会2004 『新鳥取県史 考古3-飛鳥・奈良時代以降-』鳥取県2018 『江美城跡』江府町教育委員会2024 |
| 備 考 |
空から見た江美城跡(『江美城跡』江府町教育委員会2024、江府町教育委員会提供)
江戸に描かれた江美城跡(『因伯古城跡図誌』、鳥取県立博物館所蔵)
発掘調査で見つかった石垣と石段(『江美城跡』江府町教育委員会2024、江府町教育委員会提供)